旧日本軍潜水艦 伊58 に撃沈されたインディアナポリスの悲劇

1945年インディアナポリスは広島、長崎に投下されることになる原子爆弾に使用される部品及び核物質をテニアン島へ運搬する任務に従事する。最重要機密である貨物を運搬した後、レイテ島に向かう途中、7月30日0時15分日本の潜水艦伊58の魚雷で撃沈される。

この沈没はアメリカ海軍にとって最大の戦死者を出す最後の悲劇となった。1,196名の乗組員の内およそ300名が攻撃によって艦上で死亡し、900名近い残りの乗組員は5日後に救助が完了するまで救命艇も無いまま海面に浮かぶこととなった。サメによる襲撃や救助が遅れた為に救助された生存者は わずか316名であった。映画「ジョーズ」でも、この事件の生存者が登場してインディアナポリスでの事が語られる場面がある。

沈没後
インディアナポリスの艦長であるマクベイ大佐は救助されるが
1、魚雷の回避に有効といわれるジグザグ航行を怠った罪
2、退艦命令を出す時期を逸した罪
の2点で軍法会議にかけられる。
伊58の艦長である橋本は軍法会議の為にアメリカまで呼ばれるが、「あの位置関係ならばジグザグ航行をしていても撃沈できた」と予備審問で証言をした。しかし、軍法会議の審問でこの証言をさせてもらえないまま、日本に帰国することになった。インディアナポリス元乗組員の生存者はマクベイを擁護した一方、死亡した元乗組員の遺族たちに後々も責め立てられ1968年に自宅でピストル自殺した。

軍法会議から50年後、当時12歳の男子学生であったハンター・スコットは映画『ジョーズ』1975年でこの事件を初めて知り、詳しくこの事件を調べ始めた。その後、ハンター・スコットの調査やインディアナポリス生存者の努力により、生存者救出が遅れた原因が、当時の海軍上層部がインディアナポリスの位置情報をきちんと管理できなかったことが大きな理由であり、そのことを隠すために彼に罪をなすりつけた可能性が高いことが判明した。
橋本が予備審問の際にマクベイ大佐を擁護する内容を証言していたが、本審問ではカットされているという事実も判明し問題とされた。

このことからマクベイ大佐の名誉回復運動に広まり、米国国会にて彼の汚名を返上する決議が採択され、アメリカ合衆国大統領ビル・クリントンも「インディアナポリス沈没の責任において、マクベイ大佐は無罪である」とする書面に2000年10月30日にサインを行った。しかし、マクベイの名誉回復に奔走していた橋本中佐はその5日前(10月25日)に死去しており、知らせを聞くことはできなかった。

映画『USS Indianapolis』
2016年、インディアナポリス沈没を描いた映画『パシフィック・ウォー』が上映された。

巡洋艦インディアナポリス撃沈 (ヴィレッジブックス)
リチャード ニューカム
ソニーマガジンズ
2002-03



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