日々遍路– category –
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目出度い事「親死ぬ、子死ぬ、孫死ぬ」その2
【】この話は昔、臨済宗に傾倒していた頃の親から聞かされた話である。 https://www.days-henro.cloud/archives/oya-ko-mago1.html 逆縁つまり親が死ぬ前に子が死ぬ事。これこそが不幸であり、これ程辛い事は無いと言うのである。確かに自分の母親は弟が死... -
四十九日法要で調べた六道輪廻の思想で韓国映画「神と共に」を思い出す
最近身内の四十九日法要があって、何で四十九日なのかとか?色々と調べてみた。仏教では人は何度も生まれ変わり六道輪廻という思想がある。地獄道、餓鬼道、畜生道、修羅道、人間道、天界道を六道と仏教では言うらしい。人が死ねば行き先はこの中の何かと... -
聖書アプリをインストールする理由
@YouVersionの聖書アプリを、いつでもホームスクリーンから使えるようにしています。読んだり、見たり、聞いたり、シェアしたり…全てが可能な無料のアプリです: http://bible.com/app 世界で4億人以上の人が使っているアプリである。 今の時代は本を持ち... -
世界の終わりに世界は崩壊する
ここは何処だ?何時も通勤で乗り換える駅であるが何かが違うのだ。何かまるで全く知らない場所のように感じる。何度も何度も通る場所なのに、、、。次元上昇という言葉が頭をかすめる。自分は何処に行こうとしているのだ。言い知れない不安が心を過ぎる。... -
如何に生きるべきか?自分の心に問うてみよう。。。
如何に生きるべきか? 実は、この問いは常に自分に高次元の存在から問い掛けられている。だから、自分でも自分に問いかけてみるようになるのだ。それは実は「より良い人生」の為の本心の声なのだ。或いは「より良い人生」を生きて欲しいという愛の声なの... -
座右の銘「実るほど頭を垂れる稲穂かな」を人に言葉にして言わないで
稲が実を熟すほど穂が垂れ下がるように人間も学問や徳が深まるにつれ謙虚になる事を表す。 また「頭を垂れる」には「相手を敬う」という意味があり、この言葉自体にも立派な人間ほど相手を敬う事を表す。 つまり「実るほど頭を垂れる稲穂かな」とは「人間... -
「明日に道を聞かば夕べに死すとも可なり」が「道の花」とは
「明日に道を聞かば夕べに死すとも可なり」とは道(真理)が如何に重大かを表現した言葉である。「人生不可解なり」の言葉を残して華厳の滝に身を投じた一高(現在の東大)の学生がいたという話を聞いた事があった。 検索してみると、、、旧制一高生の藤村操が... -
人は自分が傷つけられた事は覚えているが自分が傷つけた事は覚えていない無知の本質
キリスト教では人間が罪を犯した事(原罪)で神から離れてしまったと教えている。罪によって人間は神が分からなくなってしまったというのだ。そして人間はその事によって無知に陥ってしまったというのだ。人が神であるならば全てを知っているので相手の気... -
人間における悪なる欲望と善なる欲望の葛藤から無知の克服への道それが無ければ何度も同じ過ちを繰り返す
東出昌大の不倫が問題になっている。それは彼だけの問題ではない。我々は誰しも幸福になりたいのだ。東出も同じだったはずである。人は誰しも不幸を退け幸福を求めて生きている。悪を退けて善を求めて生きている。しかしながら、我々は欲望を満たす事で幸... -
幼い時に見た「あの世の景色」に年老いて気付くもの
もう半世紀も前の事になる。今はもう存在していない航路であるが、神戸から舟に乗り明朝に四国の徳島県と高知県の境にある甲浦というところの岸壁に到着する。海と山が岸壁に迫り不気味な静けさの存在感は時を超えて未だに自らに迫って来るのだ。それはま...